ヨガる。

『 No meditaion No life 』   抵抗せずに、判断せずに、執着せずに・・・調和する 

サンクス!ジョージ・マイケル   ケバケバでピカピカしていた最高にポップな80‘s 

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左がジョージです。

 

元「ワム」のジョージ マイケルが亡くなりました。

まだ53才だったようです。

 

80年代中盤に思春期のスタートを迎えた私にとって、

ワム!」はとても馴染み深く、大好きな歌手でした。

特にフリーダムは大好き、マクセルのカセットのCMで流れていたよ…

 

職場の若い子らは

ジョージ マイケル?」と言う感じだったので、

ラストクリスマス」の人と説明。

クリスマス直後でもあるので、すぐに意思疎通できました。

 

それでも、どうにか「ジョージ・マイケル」の事を伝えたくて、

日本で言えば・・・と考えた所、

KinKi Kids堂本光一が亡くなった感じ」と説明をすると、

まあまあの反応。  いい線いっているじゃね?この対比。

 

ワム!」の解散後も

ソロとなったジョージの「Faith」とか大好きで、

自分ミックスのカセットに二回も同じ曲を入れて

聞きまくっていました。

 

しかしその後、ジョージのゲイカミングアウトや、

「I Want Your Sex」と言うシングルが出たりと、

個人的にはちょっと混乱しました。

急に無精ひげマンにもなるし、ビックリ。まだ中学生だったので… 

 

 

ここ数年、

マイケル・ジャクソン、 デビッド・ボウイ、 プリンス

ピート バーンズデッド・オア・アライヴ)、

ホイットニー・ヒューストン

たくさんの80‘sシンガーたちが亡くなってしまいました。

 

個人的にはマイケル、ピート、ジョージ・マイケルに思い入れがあります。

「夕焼けにゃんにゃん」にデッドオアアライブが生出演した時には興奮したものです。

あの頃はまだ、ユーチューブどころか貸しビデオもまだ黎明期だったので、

海外の歌手をテレビで見れることはかなりの衝撃でした。

 

「プリンス」については、全くのノーマークでしたが、

当時、少年ジャンプで連載していた「シェイプアップ乱」か、

「ターちゃん」でデフォルメされた唇の厚い歌手として、

しょっちゅう登場していたので頭にインプットされました。

曲を聴いたのはそれから数年後となります。

 

 

80年代の洋楽って、ペラペラ・ピコピコなんだけど、

電子音楽黎明期の最先端感や、

シンプルながら耳に残るメロディの力強さがありました。

(ahaのテイクオンミーのメロディーなんてさわやかだけど、

 頭にこびり付いて離れない。スゴイ粘着力)

 

同時代に流行ったTVゲームの「マリオ」や「パックマン」たちも

ペラペラ(16ビット?)ながら、そのキャラの力強さと、

後年まで影響は、80‘sシンガーたちと同じ匂いが漂います。

 

あの頃(80年代中盤~後半)は、

地元のFM曲にリクエストを出して、ラジオから音を録音していました。

(たまにDJの声がかぶってイライラ)

隣町のヤンキーに「ジンカメー(カツアゲ)」されないように、

決死の思いで(バスに乗って)レコード屋に行っていました。

夜中まで起きて「ベストヒットUSA」を必死でみていました。

初めてベストヒットを見たとき「U2」のwith or without youが1位でした。

初めてみるPVに「なんて暗い人たちなんだ!怖い」と南の島の少年(オレ)は思いました。

しかし後々、U2およびアイリッシュ系は好きになります。

 

 

音楽も遊び(ゲーム)もデジタルの芽が吹きだし始めた頃でした。

僕はアナログな方法で必死にそれらを追いかけていました。

 

 

華やかに歌手たちも、

男が化粧をしてフリル(ヒラヒラ)の服を着ていたり、

女性が刈り上げ、肩パットだったりと性別があやふや。

昭和初期の親父たちが激怒するような時代でもありました。

 

そこはちょうど、親父たちの激怒がまだ通用する

デジタルとアナログが交差する手前の時代だったのかもしれません。

 

あやふやでフニャフニャで、ピカピカしていた時代(80‘s)の人たちは

華麗な若い時代への執着を手放せないのか、

加齢には対応できなかった人も多かったように思えます。

スティングの様に、自分のヘアーをしっかりと受け入れられる立派な人は、

やっぱりちゃんとしています 今でも。 ボウイも立派だね。

 

こんな時には「太く短く生きた」と言う

慰めのフレーズをとりあえずあてはめたいと思う。

 

そして、

ジョージをはじめお亡くなりになった

80‘sに夢をくれた(見させてくれた)みなさんに

亜熱帯の島の元少年から感謝をを述べたい。

 

ぜひあの世では、この世でみんなに夢を与えた分、

リラックスして過ごしてほしい。

お疲れ様でした。

 

 

最後に、音楽評論家の湯川れい子さんが、

何とも素晴らしいジョージ・マイケル評をコメントしているので、

最後の(素晴らしい)部分を引用して終わりにします。

 

素晴らしい才能の塊だったけど、あの無精ヒゲと同じで、濃すぎる人生。個性が強烈すぎて、どう評価していいか分からない人でした 

   ジョージ・マイケルさん死去「濃すぎる人生」湯川れい子さん悼む : スポーツ報知

 

 

これまで、数多くの有名アーティストに会ってきた湯川さんの言葉です。

「どう評価していいかわからない」には奥深さとそこ浅さの双極を感じます。

とてもパンチの効いたコメントです。

 

あと、西寺郷太さんのコメントも聞きたいですね。